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ひたすらに 

昼間なのに
真っ暗な部屋の中で
静かに背中に回された
手の感覚に
身を任せる

彼の目は
私たちの限られた時間を焼き付けるように
私をまっすぐに見つめ

目を閉じた私は
あの頃パジャマにしていた、長い黒いワンピースを着ていて
膝をついて座る、その体の影に
覆うように包まれる


相変わらず冷えた足と
小さくなったと
彼が言う私の体

触れる手は大きく、滑らかで優しく
そこにはもう、切なさはなく
ただ
優しさと、当たり前のような愛と
体温が広がっていた


ラジオからは
統一性のない、やけにドラマチックな曲が流れていて
私たちからは
私があの頃つけていた
ニナリッチの香水の匂いが漂い

彼は
私の首に顔をつけて
その下にある
私の本当の匂いを嗅ぐ


変わらない、と彼の呟く
この香りは
私たちの中で
どんな感情と共に記憶されていくのだろう



ここまで頑張ったご褒美に
あの時、一人で生き延びたご褒美に

いま、あの時欲しかったものをあげる

あの夜に
どうしようもなく欲しかったもの


復讐でもなく
大人になったからでもなく
子供だったからでもなく

ただ、知らなかっただけのこと

本当は
あなたは持っていたんだということ
その価値があったんだということ
愛されていたんだということ


この柔らかな彼のキスを
あなたにあげる

この静かに流れる時間を
彼の温かい手を
暗闇に射し込む優しい光を

いま全てあなたにあげる


だからもう
追いかけなくていいんだと

手に入れようとしなくてもいいんだと

あの歌に重ねて


ひたすらに



彼女に 

何年経っても
何十年経っても
その声の響きだけで
何もかも大丈夫だと私に思わせる

まるで
刷り込みのように


白髪の増えた髪と
どれだけ時が経っても
一瞬で私を捉え去る
子犬のような目


あれから20年経った今

私に触れるこの手を
目の高さに合わせられた視線を
笑い声の絶えない2人を
20年前のあの子にあげられたら

私の持っている全てを
私の友人、信念、仕事やお金、恋人や家族との絆を
誰もいなかった、あの頃のあの子にあげられたら

どんなに救われるだろう


あの時のあの子の代わりに
一人のアパートのドアを開けて、誰もいないことを確認してあげたかった
後ろに怯えながら勉強していたあの子の隣で
座って見ていてあげたかった
ひとりぼっちで、何処にも行くところがないと思っていた夜に
一緒に遊んであげたかった


どれだけ精一杯だったのかを
どうして、今になるまでわかってあげられなかったのだろう

あの頃、あの子を抱いた男の人たちに
どうして
「寂しい」「怖い」「助けて」
と言わせてあげられなかったのだろう

こんな日が来るなんて想像する想像力もなく
今日と
明日だけが全てだった

彼が腕の中にいた夜は
全てが大丈夫になったような気がした
彼が日本を去ったあとは
全てが失くなってしまったように思えた

こんなにも、何もかもを手に入れた今でも

その何もかもより
この人といることが正しいように思えてしまうのは
あの頃の自分への償いの気持ちなのかも知れない

20年経った今
私のことを愛していたという、その声を
どうすれば
彼女に届けることができるだろう



君の名で僕を呼んで 

今日は神様の日だと聞いた

Karmaが100倍悪くなってしまっても
このまま走って会いにいきたいと思った


息を吐くのに合わせて、涙が流れた

感情に任せて泣くことが
面倒くさくなること
そんなことも関係なく、泣いてもいいと思わせる
私たちは
何だったんだろう

前を通り過ぎる私の、腕をつかんだ
会わなくなって三年経った、今でも
腕を掴んでもいいと、あなたに思わせた

私たちの間にあるものは何なんだったんだろう


欲しくてたまらなかった

一緒にいればいるほど
苦しくなることがわかっていても

1秒でも長く
見ていたかった
触れていたかった


何マイルも離れた場所で
一緒に
映画、Call me by your nameを観た

今ならOliverとElioのどちらにもなれる私たちを
本の中では、Elioと重ねざるを得なかった
星の尾のように煌めく苦しみを、あなたは知らない


たとえそれが、人生の中で唯一ほしいものだったとしても
手に入れられないものがある

まるで夢のような話だけれど
一度しかない人生は長く、止まることはなく
たくさんの糸を留まることなく絡み続け
いつの日か
それぞれの人生の定義さえも変えてしまう


Elioの最後の言葉

もし「僕たちは同じだ」と言うのなら
本当に私たちが同一なのなら
いますぐ僕の目をまっすぐに見て
君の名で僕を呼んで


その言葉が今でも胸に突き刺さるほど
永遠に消えない想いもあるんだと
時間が経っても癒えない傷もあるんだと


それならば
どうかあなたの人生が
美しいものでありますように



おばぁちゃん 

もうすぐ死ぬと分かるということは
どういう気持ちだったんだろうと思う

思うように体が動かなくなって
入院も長引いて
家族が、少しずつ優しくなる

最後に、もう人生が終わりを迎えるだけだと分かったとき
何を思うんだろう


まだ、話せた頃、病院の喫茶店で、唐突に話してくれた、おばぁちゃんの過去

お母さんは
「なんでそんな話をこんなところでするの?」と言っていたけど
「忘れていた過去のことを、なぜか思い出すようになってね」
と言って話してくれた

おばぁちゃんが話してくれたその人生は、なかなか壮絶で、
おばぁちゃんが生き延びて、お母さんを産んで、そして私につないでくれたということが、奇跡的なことだったんだと知った

そんな人生の中、それでも前を見て、「人生」を受け入れながら生きてきたおばぁちゃんは、強い人なんだと知った


その苦しくて大変だった人生の中で
私という、無知でうぶで
戦争や差別や「生き延びる」ということを知らずにぬくぬくと育ったこの存在が
少しでも輝きをもたせていますようにと願う

生き延びてくれて、お母さんを産んでくれて、そうやって私へとつないでくれて、本当にありがとう
天国で、犬のまりやモモたちと再会できていますように


おばぁちゃんのストーリー(そのまま)

山口で産まれる
小学校一年生の時に引っ越して、そこから小学校六年生までいた

あの頃はよく引っ越していたよ
仕事がなかったのかね
お父さんが布団を丸めて背負って、お父さんも荷物を持って
おばぁちゃんは双子の妹と弟を連れて

学校なんていっても、みんな、弟たちのおしめを洗いに川まで行っていたりしたよ
苦労をしているということは、子供なのでわからなかったね

お父さんは山の仕事をしていて、あるとき、山が火事になって
双子の妹と一緒に「火事だー!」と叫んでまわったりしてたよ
お父さんに怪我はなし

12歳の頃は、汽車に乗って靴下を織りに行っていた
小学校六年生の時に、福岡の曲がりなんとかというところに引っ越して
そのあとに、家族はみんな韓国に引き揚げて行った

でも、お父さんと弟と、その時に住んでいた家を売るために残った
でも家がなかなか売れなかった
いい家だったよ
そんなとき、お父さんとお母さんが、「この人と結婚したらいいんじゃない」という人がいた
だから、お父さんと弟が引き揚げてしまっても、おばぁちゃんは残っていた
おばぁちゃんが21歳ぐらいのとき。

その人には島村やすこ?という奥さんと、小さな子供がいて、でも奥さんは、戦争中に連れていかれていっていて行方不明だった
彼と一緒に暮らしてはいなかったけど、その3歳の男の子のお守りを一年ぐらいしていた

でもあるとき、その女性が現れて
男の人は子供を連れて、草末とかいうところに行ってしまった
おばぁちゃんは一人で、家族も親戚も誰もいなくて一人ぼっちになった

田舎だったから、食べ物はあったよ
お米とか、なんでも
石炭を拾ってきて、夜になるとみんながそれを買いにきて
それで暮らしを建てていた

あるときおじいちゃんと出会って、
おじいちゃんにはたくさん、兄弟やら両親やらいとこやらいて、
家族がたくさんできた
おじいちゃんのお母さんは、「あんた可哀想やねぇ」と言って随分可愛がってくれた

おじいちゃんはトラックの仕事をしていたので
一緒に行って、荷物を載せたり降ろしたり
そんな毎日だった
でも楽しかったよ

あるとき、おじいちゃんと一緒にいられなくなって、別れることになった
それからは水巻で、また石炭を売っていた

お母さんが7歳のとき(数えなので、いまでいう6歳)
その頃はお母さんは学校に行っていなくて
もうおばあちゃんはお母さんのところにいなかった

戦時中はね
色々あったよ

おじいちゃんが亡くなって
おばぁちゃんも、ママ(おじいちゃんの最後の奥さん)も、誰もおじいちゃんの戸籍には入っていなくて
お母さんも、おじいちゃんと最初の奥さんの子供になっていたことを知った

こう兄ちゃん(ママとおじいちゃんの子供)も、よしえ姉ちゃんも、ママもびっくり

おじいちゃんは浮気ものだったから
帰ったら違う女の人がいたことが
数え切れないくらいあったよ


優しく尊い世界 

私たちは
いつか死んでしまうとわかっているのに
いつも
まるで永遠に生きるかのように生きる

誰かが死んでしまうときになってはじめて
「まだ足りなかった」
「もっと、もっと」
と思う


でも、私たちには
永遠に、「充分」なんてない

私たちには永遠もないし、
これだけ一緒にいられたらもう失ってもいい、
なんて思えることもない


できることは
いまを生きることだけ

死の存在を忘れてしまうことでも
「もっと」を願うことでもなく
ただ
いまを大切にすることだけ



私たちには、死も未来も失ったものも変えることはできないけど
たしかなのは
「いま」は私たちのものだということ

「いまこの瞬間」は
たしかに存在するのだということ


私たちには
大好きな人と過ごす「いま」があって
大切な友達のいる「いま」があって
可愛い犬のいる「いま」があるのだということ


過去に失ってしまったもののこととは恋しいけど
いつか大切な失ってしまうことは悲しいけど

私たちにはいま、大切な人やものたちがいて
その人やものたちはいまこうしてここに存在していて
私たちはいま、
そのことに感謝したり
精一杯この瞬間に大切にしたり
優しくすることができる


いつか死んでしまうとしたら
いま怒っている出来事
欲しいと思っているものたちなんて
なんの意味もないものに思えたりする

どんなに仕事が忙しかったとしても
高価な何かを壊してしまったのだとしても

いま目の前に広がる夕焼けを
綺麗だと思って眺めることのほうが、
人生には大切なことだったりもする


そう思うと
世界がすごく優しくて
尊いものに思える


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愛に落ちるということ 


愛に落ちたとき

それは、あまりにしっくりと心に落ちて
体の細胞のひとつひとつが四六時中
愛で満たされているような感覚になる

世界があまりにも確信に包まれてしまって
愛を伝える言葉さえ
必要なくなってしまうんじゃないかと思える


そのときになって、初めて
今までにうまくいかなかった恋、
ダメになってしまった恋の
全ては、間違っていなかったんだと

最終的に傷つけ合ってしまったのだとしても
お互いのためにも、それでよかったのだと

過去の、未熟だと思っていた私の決断の
その全ては、あるべきしてあったのだと

体と心の全てが
細胞の全てが
そう伝えてくれる

”あのときに犯した「間違い」は
間違いではなかったんだよ”



愛に落ちたとき
ありのままの自分を、本当に愛してくれる人に出会ったとき

自分の可能性は、無限大に拡がる


自分を深く愛し、注いでくれる敬意と呼応して
深いところにあった、自分の愛情や自分らしさ、
馬鹿みたいなジョークや
硝子のような繊細さを

自分にはこんな部分があったんだと
自分でも驚くほどに
発掘していく


そこからは
駆け引きも、誰かのようになることも必要なくなって
初めて、自分という存在を深めることに
全身全霊を注ぐことができる



愛に落ちるということは

過去の自分も
いまの自分も
未来の自分も
愛おしく愛し
信じる気持ちになれることだと思う


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さよならへの道 


ひとつひとつの会話や
アイスクリームを一緒に食べる、そのひとつひとつの行為が
まるで瞬きをするように
切なく
胸をきゅっと押さえつけた

1秒1秒が、限られた時間であることを
無言のまま
お互いにわかっていた


たとえ一週間一緒にいられたとしても
やがて、その一週間には終わりがきて
私はいなくなる


そんな時間を、何度も繰り返して

私たちはもう、きっと
あと100回も会えないんだよね


そばにいられなくてごめんね
こんな日々を
毎日何気なく過ごさせてあげられなくてごめんね


私たちは
まるで、まだ存在しない傷をそっと慰るように
会うたびに優しい

当たり前のように何気ない日々を過ごして
喧嘩をすることも、何も怖くなかった私たちは
いつのまにか大人になり
母の背はいつからか私よりも低くなって

もう、さよならに向かって歩いている




いのち(2) 


雪におしっこさせようと思って
庭に出て、階段を登ったら
窓越しに
眠っているドンを見つめる、けいたの姿が見えた


ベッドと向き合って
椅子に座って
前かがみになって
眠るドンを見つめながら
けいたは
一人で何を思っていたんだろう


好きな人が
愛し合っているのに
先に死んでしまうことって
どれだけ悔しいことなんだろう



その日の朝
ドンは目を覚まして
私が一日いなかったので、雪とけいたと一日を過ごして
そして
また、雪と一緒に眠って

けいたと雪のいる部屋で
次の日の朝
ドンは亡くなった



悲しいと思うことや
苦しくて泣いてしまうこと
好きな人と別れてしまって寂しいと思うことは、何度もあったけれど

人が死んでしまうということは
こういうことなんだ
と思った


泣きやんでも、どんなに笑えることや楽しいことがあっても
悲しみが
何度も同じ強さで押しあがってくる


時が経っても
何度泣いたとしても
「二度といなくなってしまった」
という事実は消えることなく
変わることなくて


冬がもういないことや
ドンが死んでしまったことは
いまでも、いつまでも
同じ色をした同じだけの強い悲しみで

生きていたときと
同じだけの鮮やかさと強さで

いつまでもいつまでも生々しく
何度も何度も
心の中に鮮やかな痕をつける



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いのち 


昔、雨の日に車が滑って
そのまま回転していた、その瞬間のことを思い出した

絵に描いたように、スローモーションで動く世界の中
ただ、隣の命が無事でありますように
どうか、運が私にありますように、と祈った


目を開けた瞬間の
祈ることしかできない気持ち



彼も、同じ気持ちだっただろう


まだ幼いふたつの命を守りながら
手の届かなかった、最愛の、自分よりも大切なその命が
どうか無事でありますように
神様、
どうか運がありますように、と


大きな音が響いて
痛みの中
目を開けた、その瞬間に
何もかもを捧げると

お願いだから夢であってほしいと

すべてが嘘であってほしいと

そうできるのなら
もう二度と
何も願わない


たったひとつのボタンを
神様は、どうしてかけ違えてしまったのだろう



私たちが欲しがっているもの
毎日の小さなdisappointmentやdissatisfactions

そのひとつひとつが
なんて浅はかで意味のないものだということを

人生は、こんな風にして突然終わるものだということを

この世で何よりも大切なものを
もう一度手に入れられるものなら何もいらないと思うのだということを

それ以外のものなんて
人生にとって何の意味もないものだということを


大事なものを手にしているとき
これさえあれば他に何もいらないと


私たちはどれだけ気付けるだろう

どれだけありがたいと思えるだろう

どれだけ大切にできるだろう






Rest in Peace, Radhika.
My deepest condolences to my dearest friend, Jerome, and to your children.


Radhika Angara Memorial Fund
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テンプルの中で 


テンプルの中には、亡くなった人たちの写真が山のように積み重なっていて
柱には、彼らを恋しがる言葉や、悲しみの声が溢れていた。
すすり泣く声や、黙って何かを見つめている人。
たくさんの死がそこにはあって、
それでも、テンプルの中には
死と同じだけの、たくさんの愛が溢れていた。

ひとつひとつの死は、みんなの愛情で包まれていて
泣く声や涙は全部、彼らを大切に思う人々から流れていた。
産まれてきてから、彼らはたくさんの素晴らしい時間を過ごして
だからこそ、こうしてテンプルにたどり着いたんだろう。


誰かがふいに、
「生きていることは素晴らしい!」
と叫んだ。


その声を聞きながら、それでも
死んでしまった人たちも、一度は生きていて
そして素晴らしい人生があったんだと思った。

それは、決して悲しいことじゃない。



私たちはいつか、必ず死んでしまう。
それでも、その日が来るまでに
私たちはたくさんのものを愛して、たくさんの人たちに愛されて生きる。

それが人生というものなんだと思う。


テンプルの中で、涙を流す人たちの声を聞きながら
私の愛する人たちのことを思った。
一緒にキャンプしている人たちや
いまこの瞬間、プラヤに散らばって元気に遊んでいる友達たちのことを思った。
キャンプに戻ったら、彼らがいて
私は、その体に触れることさえもできる。

その数はかぞえきれなくて
なんて美しいものを、私は持っているんだろうと思った。


世界に散らばっている、もう会わなくなってしまった人たち。
遠くに離れてしまった人。
いつか愛した人。
私の人生を変えた人たち。

もう二度と会えなくても
彼らがまだこの世界のどこかで生きていて
彼らの人生がちゃんと続いているということは
奇跡のように素晴らしいことだと思う。


私たちの時間は限られていて、私たちが使える時間にも制限がある。
私たちは、一時に限られた人たちとしか、関係を持つことはできなくて
それぞれの人生は、時と共に変わってゆくし
どうしても、誰か手放さないといけない時もある。
そしていつか死んでしまうとき、
私たちは、全ての人たちの手を離す。


そのことを考えながら
それでも
みんなと出会えたことを、とても光栄なことに思った。

人生の一瞬に、彼らの人生と私の時間が重なって
奇跡的に思い合って、愛し合えたこと。
そして、過去に出会ったたくさんの大切な人たちが、今でも世界のどこかで生きているということ。

死んでしまった人たちを思う、悲しみの中で
改めて、私の持っている、たくさんの美しいものたちのことを大切に思った。


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