スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

過去という生きもの 


私は、16歳のときに実家を出てしまって、正確には追い出されてしまったんだけど、そのときに、両親とのなにかの絆が切れたような気がずっとしていた。

今では一年に二回ぐらい一緒に旅行に行くような仲で、まわりからは「仲がよくていいね」とよく言われるけれど、私はずっと、あの時の時間を必死で埋めようとしていた。


あの頃。

ピザ屋でのバイトが終わって向かう、23時頃のそのバーへの道は、その時間からオープンする花屋さんがあったり、着飾ったママが元気に看板を道路に出していたりして、なんだか別の世界に迷いこんでしまったような気持ちになった。
その世界に深く迷いこんでしまったら、そのうち出てこられなくなるようで怖くもあった。

その世界にあった、いくつかの暗黙のルール。
お客さんを追いかけて電信柱を超えてしまったら、そっち側の縄張りの男の人たちに怒られたりしていた。
声がして上を見上げると、マコトさんというチーママがいて、ビルの3階の踊り場からカイロを投げてくれたりした。

私の縄張りは狭かったけど、花屋さんもあって賑やかで、とてもキラキラしていた。
上を見上げると、ビルの間にどこまでも続く真っ黒な空があって、ずっと見ていると、その真っ暗な空に吸い込まれていってしまいそうな気持ちになった。


あの頃。

私は自分のことを一人ぼっちだと思っていて、ごはんを食べさせてくれたり、車で送ってくれる男の人たちに、野良犬のようについて行っていた。

学校の友達は、私が夜働いている間みんな受験勉強に励んでいて、私が一人で暮らしていることなんて知らなかったし、バーの人たちは、私が高校生だなんてもちろん知らなかった。
自分でちゃんと起きないと誰も起こしてくれなくて寝坊してしまう怖さや、「ごはんを買うお金がない」という計り知れない不安な感情を、あの頃初めて知った。




今年の誕生日に、お母さんが手紙をくれた。
そこに書いてあった、浅はかな私が今まで想像さえもしなかったこと。


一人で学校に通っていたあの頃。
毎朝7時に、二人で学校の近くのロイヤルホストに来て、窓から私が通学する様子を見ていたということ。
夜の10時か11時頃、私の部屋の近くに来て、電気がつくまで心配で待っていたこと。
つかなかった夜は、心配で眠れなかったこと。

お母さんが、初めて、お父さんが声をあげて泣いたのを見た日のこと。
あの夜、お父さんがバーの道を追いかけてきて、私は走って逃げて、お父さんのことを撒いてしまった。
あの街のバーを、お父さんがひとつひとつ回って私のことを尋ねていたことを、何年か経ってから聞いて、泣いた。

その日を境に、お父さんは私に何もしようとしなくなって、その代わり、お母さんに対していつも私のことをかばうようになったこと。


私がいなくなってから、2人は私のことをなかったことのようにして、すっきりして暮らしているんだと思っていた。
そう思うことは悲しかったけど、これ以上ケンカしなくてよくて、これ以上2人を苦しめなくていいことは、よかったと思った。
手紙の中で、「あなたがいなくなってから、私たちの生活は全てあなた中心になりました」という言葉を読んだとき、お母さんが書き間違えたんだと思って、何度も読み返した。

そんな風に、ずっと私のことを見ていてくれたなんて。



手紙には、私が知らないそんなことばかりが書いてあって、私はそんな風に守られて、愛されていたのに、何にも知らないで、空を見上げて、
「私は一人ぼっちで生きている」
なんて思っていたんだなぁと思った。




今までずっと、過去というものは変えられなくて、忘れてしまうか、未来をもって償ったりするしかないものなんだと思っていた。

だけど、過去というものは全部、自分の記憶の中で塗り替えられた生きもので、「いま」がダイナミックに動くように、「過去」も本当はずっと動いていて、自分の記憶次第で変わっていくものなんだと知った。


だとしたら、目をそらさずに過去のことを話したり、その頃の思いを伝えてあげることで、誰かの過去を変えてあげることもできるのかも知れないと思った。

私が償いきれない、埋めきれないと思っていた16歳の頃の時間が、実はずっと愛に包まれていて、本当は一人ぼっちじゃなかったみたいに。
今になって、私は追い出されてしまったんじゃなくて、ちゃんと愛されていたんだと分かったみたいに。

スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。