『裸でも生きる』山口絵理子さんセミナー 

昨夜、マザーハウスの代表取締役であり『裸でも生きる――25歳女性起業家の号泣戦記 (講談社BIZ)』の著者である、山口絵理子さんの講演会に行ってきました。


あの壮絶な本の内容からは想像もつかないぐらい、華奢で可愛らしい人だった。

彼女が入場してきたときになかなか鳴りやまなかった拍手が
皆の、彼女に対する称賛と尊敬の大きさを表わしてた気がします。


内容を自分の言葉で書き換えようかと思ったけど、読み返したらなんだかこの流れを残しておきたい気分になったので、メモのまま残そうかな。





24才で起業したとき、何も持っていなかった。
ただ、途上国から世界を通用するブランドをつくるという理念だけ。

Defining Momemtは小学校に行けなかったこと。
でも、柔道で日本7位になったときに、頑張れば拍手がもらえるんだと初めて思った。

それから大学に進学し、ワシントンで、途上国の援助をする仕事を始めた。
そこで働いてみて、一体自分が援助している現場はどこにあるんだろうと思うようになった。
上司たちの言うように、ほんとに体を動かすのはただボランティアに任せればいいの?

だから、世界で一番貧しい国だったバングラディッシュに行こうと思った。
治安のことなんかを調べていたら怖くなったけど、行かなきゃと思った。

バングラディッシュで洪水にあったときに、天災とはこういうものなんだと体で感じた。
大学生頃はずっと、途上国の人は可哀想だと思っていたけど、実際に住んでいる時は、ずっと政府にムカついていた。
政府に援助しても、彼らが横領しているということをはっきりと感じた。
だから、政府としての援助じゃないこと、ビジネスとしての仕事がしたいと思った。

ビジネスとしての仕事について、その労働環境の劣悪さに気づいた。
と同時に、そこでジュートに出会った。
バングラディッシュが唯一誇れるもの。

理念は、
援助ではなくビジネスを
可哀想ではなく可能性の開花を
原材料ではなく製品を


お金がなかったので、社長をやりながらバイト、バッグの勉強をしてた。
バングラディッシュでツライことがある度に、自分はなんでここにいるんだろうと何度も思った。

でも、できると信じてるからいるんだと思った。


頑張ってきたのは自分のため
大切なのは情熱
働くことと生きることは、自分の中では同じこと。


自分を支えてくれた1番の出会いは、リキシャの運転手。
細い体でリキシャを運転する
彼らにも夢があった。
失敗したってなんなんだと、彼らを見てて思った。

大人になったら選択肢はせまくなると子供の頃は言われていたけど、逆だと思う。
やれることは拡がっていくし、計画通りにいかないことが計画だと思う。


落ち込むときは落ち込む。
工場に逃げられたときも、1週間家から出なかった。

でも、自分がやりたいことをしたくて会社を始めたので、我慢はしない。
こだわりを諦めない。
そうすると、残ったものに対する情熱が大きくなる。

あたらしいことを始める時は怖いし、留学するときは、生きて帰れるか分からないと思った。
ビジネスをすることは、それに比べたらこわくない。
プラスマイナスして、最終的にプラスがちょっとあればいい。

みんなはやりたいことをやれなくて、自分はやりたいことをやってる。
工員の1人が面接のときに、夢は日本に行くことだといった。
この前会ったときに、日本に行く準備をしなさいと言ったら、しばらく黙ったあとに一言、夢って叶うんだと言った。




絵理子さんの本を読んで、絵理子さんのことをスゴイと思いながらも、
本当は心のどこかで、バッグ屋さんなんて小さなものだと思ってた。
小さなバッグ屋さんで、世界を変えたり、バングラディッシュを救うことは難しいと思ってました。

けど、映像を観て、バングラディッシュの人がプライドのある表情で作業をしているのを観て、そうじゃないんだと思った。


私も、「やらなきゃ」と思うときに脳裏に浮かぶのはいつも、人から聞いた話ではなく、本で読んだアフリカの話でもなくて、一緒にじゃれあって、触れ合って、笑いあったインドの子供たちの無邪気な笑顔だったりする。


現場を肌で感じるためにも、近いうちに行ってこようと思った。


 


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