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『正しい』の定義 


二度目のBusiness Ethicsの授業が終わった。

この授業に出る度に、自分のPrincipleの弱さを痛感する。


日本のような規範の確立された国にいるとEthical Dilenmaに晒されることが少なく、自分のPricipleを築き上げる機会はほとんどない。
"常識"や"KY"という言葉が代表するように、自分が決断しなくても、いわゆる"Norm"がすべてを決めてくれる。


今日は途上国の賄賂についてのCaseだったのだけど、
インドネシア出身ののクラスメイトが"Paying is a must"と熱く語る姿は衝撃的だった。


日本の常識に照らし合わせると、当たり前のように「払わない」という答えが出てくるけれど、Caseと現実の間にいつも存在するギャップは、現実にはそのあとにConsequencesがあるということ。

「No」と言ったあとに何が起こるのか。
本当にその決断がもたらす結果はみんなにとって最高のものなのか。
もし賄賂を払わないことでたくさんの社員が仕事を失うことになったら?
賄賂を払わないとSurviveできないような世界だとしたら?


すべてのCompetitorsが賄賂を使ってビジネスを進めていく中、自分たちの基準に合わせて「No」ということは本当に正しいのか。
そもそも"正しい"の定義は何なのか。


私たちの中に当たり前のように根付く常識は、もしかしたら、ただそこにあったから受け入れてきただけのものなのかも知れない。
自分のPrincipleに何度も何度も疑問を投げかけて自分なりの答えを見出していくことが、ここに来た価値のひとつでもあるんだろう。


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