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1994年のできごと 

1994年のGenocideは、ルワンダにとって二度目のGenocideだったという。

繰り返される虐殺のせいで、ルワンダの人口はどんどん減っていった。
案内してくれたガイドも、異なる年に、何人もの家族を失っていた。

Belgium Memorial


最後までこの虐殺に反対したベルギーの兵士たちが殺された建物の黒板には、彼らの家族の残した"Pourqui? Pourqui?"(なぜ?なぜ?)という文字が痛々しく残っていた。




Pourqui.jpg


100万もの死体は一度に回収することは難しく、何年もそのまま放置されていた。
町のあちこちで見かけるピンクの服を着た人々は、今でもそれらの死体を回収し続けている。

現在読んでいる『We Wish to Inform You That Tomorrow We Will Be Killed With Our Families: Stories from Rwanda』という本は、なんとも生々しく、なぜこのようなことが起こったのかを描いている。
かなり衝撃的なタイトルだと思うけど、この言葉は実際に、教会に避難していた人たちが市長に宛てた手紙に書かれていたもの。
この手紙に対して市長は「なにもできることはない」と答え、言葉通り、彼らはその翌日に殺された。

一つの思想にずっと曝露され続けると、人はあるとき自分が人であるということも忘れてしまうんだなぁと思う。

毎日この本を読んでいると、何晩も続けて怖い夢を見て、夜中にうなされて目が覚めた。
本を読んでいるだけでこうなら、実際に体験した彼らの傷はどれだけ深いんだろう。


映画『ホテル・ルワンダ』で描かれているホテル・ミルコリンズは、町の中心から5分ほどのところにある。

映画では英雄扱いの彼も、実際には客に高い支払いを要求し、部屋代が支払えなくなった者はホテルから追い出していったという。
ホテルの外に出された人たちがどうなったのか、目撃した人はいないけれど、周りで起こっていることから判断すれば、言葉にしなくても瞭然だった。

ルワンダの人々にとって彼はヒーローとは程遠く、いまはアメリカで暮らしているという。


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