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ある雨の日。 


ある雨の日。

私は試験に遅れそうで、自分のせいなのに、ひどくイライラしていた。


どうなってもいいと思っていたような気もするし、イライラを他にぶつけられなかっただけのような、そんな気もする。
とにかく私はスピードを出していて、窓を雨が静かに打っていた。


滑ったのは一瞬で、滑る前と滑り始めというよりは、止まるはずなのになぜか車に勢いがついてしまって、「どうしたの?」と首をかしげてしまうような、そんな呑気な始まりだった。

半回転して、天井を打ってさらに半回転するという、ジェットコースターでもなかなかないような体験をして、回転する車の中でただただ、「どうか彼が無事でありますように」と祈っていた。
「神様、そうしてくれたらなんでもします」と、いまどき子供でもしないような、現金な祈り。

車が止まったとき、右を見ることが何よりも怖かった。


私の大切な人が普通に動いて、こちらを見て、「大丈夫?」と言ったときの、世界の何よりもすごい賭けに勝ったような気持ち。


・・・神様。

と、普段はお祈りなんてしないのに現金に思った。



心配でたまらなかったのに、私の心配をよそになぜか元気に動き回っている彼の前で、なぜか私だけが草の上に寝かされていた。

「絶対に動いちゃだめ」と押さえつける、たまたま森を散歩していたフランス人のお散歩軍団に、「大げさだなぁ」と思いながら、ふと、「もしかして、私に見えないだけで私、すごい大変な状態なのかも」とかふっと思ったりもした。

頬に感じた冷たい雨。


死ぬということの実感も湧かないまま、ふと、お父さんと、お母さんのことを思った。
「高校生のとき、けんかしたまま家を出てしまって、それからずっと、その時間から目をそらしたままでごめんね。ありがとうとか、本当は好きだったとか、会いたいとか、ごめんねとかもっと、もっとたくさん言ってあげられらたよかった。ごめんね」と思った。


それからなぜか、昔つきあっていたElieとAntoineのことを思い出して、思えばいつでも会えたのに、なんでいままで連絡をとらなかったんだろう?と思った。

それから、ケニアで一緒に働いていたAnnとVirginiaの顔が浮かんで、あんなに、ケニアまで行ったのに、私、あの人たちに何もしてあげられなかったなぁ。
と思った。


やがて救急車がきて、夢を見ているような心地のまま、レッカーに乗せられてその車に乗った。

あさってから行く予定だったモロッコの砂漠は、なんだかもうどうでもいい、遠い世界のことのように思えた。
砂漠を見ていたって見ていなくたって、死んじゃったら私は何も残せなかったことは同じなんだと思った。



病院で、「家に帰りたい」と言って泣いたり、妙にクロワッサンを食べたかったりする私は、やっぱり、ちょっとショックで頭が変だったのかな、と少し思う。
無事に24時間が過ぎ、私はひどい頭痛を抱えたまま、ふゆの待つあの家へと帰った。



INSEADの、人生の岐路のような時間のその中でこんな体験をしたことが、私に何を与えたのかはよくわからない。

神様が、どうしてあのタイミングでそんなことをしたのかも、どうしてそんな死ぬかもしれないときにElieなんかが浮かんだのかもよくわからない。

それでも、ときどき、ふっと「死ぬかもしれない」と思うときに、あの時間から何度も親に電話をして、離れていてもたくさんの時間を一緒に共有したこと、サンフランシスコで再会したElieのこと、そしていつかアフリカにつなげるために、いま必死で格闘している医療のこと、ビジネスのディールのことを思う。

私の夢が、「アラスカでオーロラを見たい」なんていう何も残らない自分勝手なもので終わってしまわなかったことを、忘れないようにしたいと思う。








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