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人生のビジョン 


「要は、君たちは、二人ともアルコール中毒みたいなものだよね」

一年前に、「とりあえずはセフレを作ることだね」というアドバイスをくれた元上司は、臆することもなくそう言った。

彼と一緒に働いていた頃は、彼はアジア全体を飛び回っていて、私たちの接点はほとんどなかった。
それでも、同じINSEADを卒業してしまったあと、あの、独特な時間を通り抜けた人に見えてしまう、バブルというか、トラウマのようなモラトリアムを、私たちは共有してしまったんだと思う。
今では彼は、私の大切な人生のメンターだ。

確かに私は彼の言うように、相変わらず危うい恋愛をしていて、まるでアル中のカップルのように、どちらかが一滴に口をつけてしまったら、全てが崩れてしまいそうだった。

淡々とした口調で、彼は語ってくれた。



人生は、長い。

ゴールは結婚ではなく、そこから始まる。
大切なのは、二人の人生にどんなビジョンを見出すかということ。

キャリアでもいい、子供でもいい、世界を旅することでも、お金でもいい、
結局のところ、そういうそれぞれの人生のビジョンだけが、二人をつなぎ留めるものなのだということ。

人生は長く、二人の間には必ず、これからたくさんの問題が起こる。
人は人であり、人であるがゆえに、誰もが間違いを犯す。
キャリアや家族など、いろいろな問題は次から次へと降りかかってくるし、
子供を育てることだって大変。
どちらかが、「この問題はこの人と一緒には解決したくない」と言えば、終わってしまう。

二人でそれらの問題を協力して解決し、それでも一緒にいるためには、「この人とだからこそ、人生のビジョンを達成できる」という鎖が必要なのだということ。


過去にどんなに奇跡があったからといって、これから二人が見ていかないといけないのは、未来なんだということ。

その一滴に口をつけてしまったあと、それでも、また手をつないで進んでいこうと思えるかどうかは、彼と一緒にいたとしても、自分自身の人生を生きることができるかということでもあるんだと思った。




そう言われてみればたぶん、私と親友の彼女がつながっているのはきっとビジョンが同じであるからで、私と昔の彼がうまくいかなかったのは、同じくそのビジョンが合わなかったせいだったんだと思う。



私が人生を誰かと手をつないで過ごすとしたら、私が私であるために必要なこと。

・・・を試しに書いてみたら、私って本当にモラトリアムの塊なんだとつくづく思った。。



1)世界を渡り歩くことを楽しいと思えること
モントリオールにも住んでみたいし、ドイツでクラブにばかり行って暮らしてもみたいし、オーストラリアで水着だけで暮らしてみたりもしたい。
ひとつの国に家を買って、永遠にそことどまるようなことは、私にはきっとできない。

2)音楽
たまに静かに星空を眺める夜があったとしても、たとえその音楽が私とは全く違う趣味の曲であっても、音というものにいつも心を動かされていたい。

3)子供のこころ
いつまでもモラトリアムでいたい。
いい音楽があればクラブで夜遊びもしたいし、朝陽を見ながらはしゃいだり、時々ちょっと悪いことをしたり、平日に飲みすぎたせいで次の日頭痛くなっちゃったりしたい。

4)いつまでも学び続けること
いつまでも学び続けることを厭わないこと。70歳になってからお医者さんになろうとしたっていい。

5)思いやり
人に優しくあること。誠実であること。
人の心に、繊細であるということ。

6)キャリアやお金に人生をコントロールされないこと
人は、結局死ぬときには何も持っていけない。
周りから見て一目瞭然のステータスなんて、いくらだって代わりがあって、そんなものにたった一度の人生をコントロールされたくない。
ここぞというときにはキャリアだって捨てられること。その上にあるものを見られること。

7)愛の営み
世界で一番どろどろしていて激しくて誰にも見せられなくて、そして、美しいもの。



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