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存在するだけでいいんだということ 


最近何かの間違いで、『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶応大学に現役合格した話』という本を読んだ。

著者である塾の先生は心理学を勉強されていて、
最後の付録の部分に、すごくeye-openingなことが書いてあった。


子供を褒めるときにはみっつの褒めることがある。

ひとつはThank you for doing.
お手伝いをしてくれたり、テストでいい点数を取ったりすること。

もうひとつはThank you for having.
学級委員長になったり、何か賞をもらったりすること。

そして、最後がThank you for being.
ただいてくれるだけでいい、ということ。


日本の親は、最後の部分を褒めるのが苦手だというコメントがあって、たしかにそうかも知れないな、と思った。


私の両親は、becomingもあんまり褒めてくれなかったので、いつも、doingをすることで認められようと頑張ってきた気がする。

それは大人になっても変わらなくて、人に愛されるために、優しくしたり、してほしいことを頑張ってみつけたり、
その結果、「○○してくれてありがとう」って、人生で何度言われたか分からないな、と思う。


それでも、そうやってbecomingやdoingにこだわりすぎているうちに、beingでもいいんだという自信を、少しずつ失くしてしまうものなのかも知れないと思った。


二年前、私は好きな人に一生懸命doingをすることで愛されようとしていて、
それはきっと、私のステータスが「being married」だったこともあるのかも知れないし、beingだけでは釣り合わない、と思っていたんだと思う。

そうやって頑張り続ける私に、友達から、「彼はあなたのIdentityを消してしまう」、と言われた理由が、いま、この本を読んで分かった気がした。


そして、昔ものすごく愛してくれた人たちに、「beingでいいから、なにもしなくてもいいよ」と言われることが、自分が何をしても興味がないような気がして、哀しかったことも思った。


この本を読んで、いつか子供ができたら、全部を精一杯に褒めてあげようと思った。

そして、私の大事な人たちのことも、自分にしてくれることや彼らの立場が何であるかではなくて、ちゃんと、存在してくれることに感謝したいと思った。

そして私も、私のdoingやbecomingだけじゃなくて、ちゃんとbeingを見て、そして認めてくれる人に愛されていたいと思った。



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