スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

優しさの音 


Uberに乗って来る子のことを、マックスに似てるなぁ、マックスの子供版みたいだな、と思いながら見ていた。

車に乗り込んだ彼は、手を差し出して、「I'm Mike」と言って微笑んだ。
時間はもう朝の2時ぐらいだった。

私は1時からという回す知り合いのDJに行くのに寝坊していて、彼は、今から出かけるという私に、大笑いしていた。

しばらく、家族の話や旅行の話をしていて、不意に仕事の話になった。
彼は、自分は消防士だと言った。

「大学では救急医学を勉強して、今は消防車や救急車に乗っているんだ。」


「僕たちの世界は、20分の世界。
サイレンがなって、車に乗り込んで、倒れた人の元に駆けつけて、サイレンを鳴らして街中を走り、病院の緊急口に降ろす。
僕らは、その20分間に、全ての情熱と工夫と意識を集中するんだ。」


昔つきあっていた彼が、古い消防署を改造した部屋に住んでいた。
その部屋の真ん中には、床に穴が空いていて、柱が突き抜けていた。

サイレンが鳴ったら、消防士たちは一瞬で、その柱をつたって消防車へと向かう。
それで稼げる時間はたった数秒なのに、部屋のど真ん中の床に穴を開けてしまう、その心意気をすごいと思った。


「サイレンの音は、優しさの音なんだよ。」
と言った、メディテーションセンターの人の言葉を思い出した。

「みんながうるさいと思うサイレンの音は、人が誰かを助けに向かう、優しさの音なんだよ。」


その言葉を聞いたマイクは、真面目な顔をして、
「ありがとう。」と言った。


夜は更けていって、街にはサイレンの音が鳴り、
Uberは、私たちの人生を、二度と重ならない形でこうして触れ合わせていく。





人をdefineすること 


マーケット通り沿いを歩いていたら、
中国系のお店から、長い棒を持った男の子が走り出してきた

その後をあわてて追いかけるお店の女の人たちを見て
近くを歩いていた男の人が、その男の子を追いかけながら叫んだ

「Stop! Stop! It’s not worth it!!」
(待て、止まれ!そんな価値ないって!)


その言葉を聞いて、すごいな、と思った


その男の子が何か悪いことをしたのであろうことは
誰から見ても一目瞭然だった

それでも、その男の子を、
その一目瞭然の状態で判断することなく、
罵るわけでも、とがめるわけでもなく、
「君の人生の価値は、そんな一掴みのお金で台無しにしてしまうほど意味のないものじゃない」と

たった一瞬に
そういった思考回路になれるその男の人を見て
すごいな、と思った


私も
誰に対しても公平に
ちゃんと敬意を持って
目の前の一瞬の「点」ではなく、
その人の人生を「線」で考えられる人でありたいと思った


920x920.jpg


誕生日トリップ 


木曜日に散々遊んだ金曜日の待ち合わせの前
「今日は違う男の子がくるけどよろしくね・・・」
と事前メッセージを送る私に

「大丈夫!ともこの男に一回以上会ったことない。慣れてる!」
と返してくれた親友。


「あの人とダメになったんだって?」と電話でいうお母さんに
「うん!でも仲良くしてて、いまからみんなでごはん食べるよ!」
と返したら

「あれ?遠距離じゃなかった?」と言われて
「あ、そっちの人か!」
と返されて無言のお母さん。


「さっきあそこでちゅーしてた男の子は誰?」と聞かれて
「うーん、Joeか、Johnか、Josh・・・・」
としか答えらえない私。


こんなのでいいのかな・・・、と思いつつ
誕生日を迎えました。


水曜日の夜に
知っている人と知らない人ごちゃまぜでたくさんショットをおごってもらい(おごったような気も)
親友と二人で酔った勢いで書いた絵。

IMG_3438.jpg


いつまで経ってもなぜか消されない、バーの黒板に残るいつかの落書き。

IMG_3427.jpg


今年もマイペースで幸せで、人を少しでもハッピーにする一年を。


Re: 2015年の抱負 


まだ12月だけど、2015年の抱負に対して、できたこと、できなかったこと、そして学んだこと。


一日に一人以上の人を幸せな気持ちにする

たくさんの人を幸せにしようと、頑張ったと思う

奢った気持ちではなく、誰かの笑顔を見ることで、ただ幸せな気持ちになれた
誰かが幸せそうにしている姿を見て、逆に幸せな気持ちになった
どんなに頑張っても、幸せな気持ちにしてもらうばかりで、与えてもらってばかりだなぁと思った

それでも私は、誰よりも大切な人を傷つけて、他にも何人かの人たちを、無防備に少しだけ傷つけた
ありがとうという気持ちと、どうしようもないごめんねの気持ちが入り混じった一年だった

来年はもっと大人になって、自分のことよりも、もっと周りの人の気持ちを考えてあげられるようになりたい


本を書く

あっという間に60%ぐらい書き上げたあと、主人公がいい子になりすぎてしまって、セクシーじゃなくなって、どう取り扱っていいかわからなくなって、
最初から書き直していたら、あっという間に11月になっていた

それでも、苦しかった3月のある夜に、大好きな音楽さえ耳に入らず、放心状態で本を書いていたら、本の中の人たちが、いろいろなことを抱えつつも、彼らなりに一生懸命に生きていて、私も頑張ろう、と思えた
彼らが抱える人生の試練に比べたら、私がいま手放そうとしているものなんて、ちっぽけなものだと思えた

本という世界のすごさを知った


日本のメディアにパーティの記事を書く

実は、恋の駆け引きについても、依頼を受けていくつか記事を書いたのだけど、
結局、「記事」という形式が自分には合わないことが分かった

起承転結のない行き当たりばったりの人生を生きているので、
論理的に起承転結のある文章は書けないみたい


精一杯に人を愛する

精一杯愛せたと思う

そして、愛することには、いろいろな形があるということも学んだ

愛することと、何もかもを受け入れることは違うのだということ
心配をかけてしまったとしても、苦しいときに、「苦しい」と言える愛の形もあるのだということ

そして、
どんなに大切に思っていても、手を放してあげる愛の形もあるのだということ


自然の中で音楽を聴いて幸せな時間を過ごす

100点満点
特に、Symbiosisの、音楽と湖と木々と優しい人たちに囲まれた時間は最高だった


自分が本当にやりたいことを考えて、それに向かって進み始める

初めて、仕事が楽しくて楽しくて仕方ないという感覚を覚えた
やればやるほど結果につながるという面白さも知った

際限なくくるスタートアップやチームの人たちからの相談に、ひとつひとつ一生懸命に乗っていたら、全部の会社が自分の一部のような気持ちになって
できることがあれば何でもしてあげたいというような気持ちになった

同時に
私がこうなるまで辛抱強く待っていてくれた彼らを、心からありがたく思った


知らないことを勉強する

Spotifyの音楽を通して、世界のいろいろな友達と、より深くつながることのできた一年だった
コンサートで出会ってできた友達や、Uberに乗っているときに出会って遊ぶようになったバンドの人たちもいた
「この曲もいいよ」と言って友達が送ってくれる曲たちから、音楽の世界が大きく大きく拡がった

音楽は、本当に無限大だと思う


ゲイ文化とかについては、クラブで、3割ぐらいの割合で女の子から口説かれるぐらいに極めてきた気がする
そして、恋愛について、他の人の恋愛やその考え、形態を批判することをやめた

浮気だろうが、Open relatioshipだろうが複雑な関係だろうが、みんながそれぞれの責任でやっていること
何が正しくて何が間違っているなんていうことはないんだと思った
私にできることは、私が大切な人に対して、誠実に、傷つけないように有ること
ただ、それだけ

毎日フランス語日記を書いて送っていた先生とは、親友や恋人にも話さない世界を共有して、うまく説明できないぐらいの、深いつながりが生まれた
日記を通して、それぞれがお互いの人生を生きているみたいだった
そこからフランス語の音楽を聴くようになって、また音楽の世界が拡がった


体にいいものを食べ、よく運動をして、よく眠る

野菜とたんぱく質をよく食べて(チョコレートもときどき食べて)、たくさんヨガとお散歩をして(ダンスもときどきして)、よく眠った一年間だった

ヨガの先生や生徒たちと仲良くなって、一緒に遊ぶようになって、顔見知りなだけじゃなくて、いろいろな人の人生や性格を深く知ることのできた一年だった
ジムの帰りによく寄った近所のWholeFoodsは、明るくて優しいエネルギーが溢れていて、買い物をするだけで、心が温かくなった


グリーンカードをとる

現在進行中

そして、一年前と全く同じ言葉を、いまでも変わらずに思う

この場所が好きだし、私は幸せだし、絶対に離れたくない子がいる
人生がたとえあと二年しかなくても、私はここにいて、たくさん音楽を聴いて、ヨガをして、彼女のそばで本を書いていたい





土曜日の朝 


くぅくぅと泣く、濡れた塊を抱いて病院へと車を走らせながら
この子が助かるんだったら何もいらないと思った

腕に乗せられた頭を
改めて、小さいなぁと思った


どうして、夜中に起こしてくれなかったんだろう
苦しかったなら
もっと泣いたり、ひっかいたりしてくれてよかったのに

目が覚めたときに、視界の片隅に入った
哀しそうな苦しそうな目を何度も思い出した
どうしてもっと早く目を覚ましてあげられなかったんだろう


病院に入ったっきり、二度と出てくることのできなかったふゆのことを思い出した
雪ちょんが助かるなら、仕事もお金も楽しいことも、この生活も
何もいらないと思った

私はいつもこんなとき
ただ、祈ることしかできない


淡い太陽に包まれた、まだ静かな街は
なんだか夢みたいにキラキラしていて
あの、晴れた土曜日の朝を思い出した


車の中でくぅくぅと泣く私たちが、あまりにも対照的で
なんだか世界でふたりぼっちみたいな気持ちになった







上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。