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人をdefineすること 


マーケット通り沿いを歩いていたら、
中国系のお店から、長い棒を持った男の子が走り出してきた

その後をあわてて追いかけるお店の女の人たちを見て
近くを歩いていた男の人が、その男の子を追いかけながら叫んだ

「Stop! Stop! It’s not worth it!!」
(待て、止まれ!そんな価値ないって!)


その言葉を聞いて、すごいな、と思った


その男の子が何か悪いことをしたのであろうことは
誰から見ても一目瞭然だった

それでも、その男の子を、
その一目瞭然の状態で判断することなく、
罵るわけでも、とがめるわけでもなく、
「君の人生の価値は、そんな一掴みのお金で台無しにしてしまうほど意味のないものじゃない」と

たった一瞬に
そういった思考回路になれるその男の人を見て
すごいな、と思った


私も
誰に対しても公平に
ちゃんと敬意を持って
目の前の一瞬の「点」ではなく、
その人の人生を「線」で考えられる人でありたいと思った


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誕生日トリップ 


木曜日に散々遊んだ金曜日の待ち合わせの前
「今日は違う男の子がくるけどよろしくね・・・」
と事前メッセージを送る私に

「大丈夫!ともこの男に一回以上会ったことない。慣れてる!」
と返してくれた親友。


「あの人とダメになったんだって?」と電話でいうお母さんに
「うん!でも仲良くしてて、いまからみんなでごはん食べるよ!」
と返したら

「あれ?遠距離じゃなかった?」と言われて
「あ、そっちの人か!」
と返されて無言のお母さん。


「さっきあそこでちゅーしてた男の子は誰?」と聞かれて
「うーん、Joeか、Johnか、Josh・・・・」
としか答えらえない私。


こんなのでいいのかな・・・、と思いつつ
誕生日を迎えました。


水曜日の夜に
知っている人と知らない人ごちゃまぜでたくさんショットをおごってもらい(おごったような気も)
親友と二人で酔った勢いで書いた絵。

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いつまで経ってもなぜか消されない、バーの黒板に残るいつかの落書き。

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今年もマイペースで幸せで、人を少しでもハッピーにする一年を。


Re: 2015年の抱負 


まだ12月だけど、2015年の抱負に対して、できたこと、できなかったこと、そして学んだこと。


一日に一人以上の人を幸せな気持ちにする

たくさんの人を幸せにしようと、頑張ったと思う

奢った気持ちではなく、誰かの笑顔を見ることで、ただ幸せな気持ちになれた
誰かが幸せそうにしている姿を見て、逆に幸せな気持ちになった
どんなに頑張っても、幸せな気持ちにしてもらうばかりで、与えてもらってばかりだなぁと思った

それでも私は、誰よりも大切な人を傷つけて、他にも何人かの人たちを、無防備に少しだけ傷つけた
ありがとうという気持ちと、どうしようもないごめんねの気持ちが入り混じった一年だった

来年はもっと大人になって、自分のことよりも、もっと周りの人の気持ちを考えてあげられるようになりたい


本を書く

あっという間に60%ぐらい書き上げたあと、主人公がいい子になりすぎてしまって、セクシーじゃなくなって、どう取り扱っていいかわからなくなって、
最初から書き直していたら、あっという間に11月になっていた

それでも、苦しかった3月のある夜に、大好きな音楽さえ耳に入らず、放心状態で本を書いていたら、本の中の人たちが、いろいろなことを抱えつつも、彼らなりに一生懸命に生きていて、私も頑張ろう、と思えた
彼らが抱える人生の試練に比べたら、私がいま手放そうとしているものなんて、ちっぽけなものだと思えた

本という世界のすごさを知った


日本のメディアにパーティの記事を書く

実は、恋の駆け引きについても、依頼を受けていくつか記事を書いたのだけど、
結局、「記事」という形式が自分には合わないことが分かった

起承転結のない行き当たりばったりの人生を生きているので、
論理的に起承転結のある文章は書けないみたい


精一杯に人を愛する

精一杯愛せたと思う

そして、愛することには、いろいろな形があるということも学んだ

愛することと、何もかもを受け入れることは違うのだということ
心配をかけてしまったとしても、苦しいときに、「苦しい」と言える愛の形もあるのだということ

そして、
どんなに大切に思っていても、手を放してあげる愛の形もあるのだということ


自然の中で音楽を聴いて幸せな時間を過ごす

100点満点
特に、Symbiosisの、音楽と湖と木々と優しい人たちに囲まれた時間は最高だった


自分が本当にやりたいことを考えて、それに向かって進み始める

初めて、仕事が楽しくて楽しくて仕方ないという感覚を覚えた
やればやるほど結果につながるという面白さも知った

際限なくくるスタートアップやチームの人たちからの相談に、ひとつひとつ一生懸命に乗っていたら、全部の会社が自分の一部のような気持ちになって
できることがあれば何でもしてあげたいというような気持ちになった

同時に
私がこうなるまで辛抱強く待っていてくれた彼らを、心からありがたく思った


知らないことを勉強する

Spotifyの音楽を通して、世界のいろいろな友達と、より深くつながることのできた一年だった
コンサートで出会ってできた友達や、Uberに乗っているときに出会って遊ぶようになったバンドの人たちもいた
「この曲もいいよ」と言って友達が送ってくれる曲たちから、音楽の世界が大きく大きく拡がった

音楽は、本当に無限大だと思う


ゲイ文化とかについては、クラブで、3割ぐらいの割合で女の子から口説かれるぐらいに極めてきた気がする
そして、恋愛について、他の人の恋愛やその考え、形態を批判することをやめた

浮気だろうが、Open relatioshipだろうが複雑な関係だろうが、みんながそれぞれの責任でやっていること
何が正しくて何が間違っているなんていうことはないんだと思った
私にできることは、私が大切な人に対して、誠実に、傷つけないように有ること
ただ、それだけ

毎日フランス語日記を書いて送っていた先生とは、親友や恋人にも話さない世界を共有して、うまく説明できないぐらいの、深いつながりが生まれた
日記を通して、それぞれがお互いの人生を生きているみたいだった
そこからフランス語の音楽を聴くようになって、また音楽の世界が拡がった


体にいいものを食べ、よく運動をして、よく眠る

野菜とたんぱく質をよく食べて(チョコレートもときどき食べて)、たくさんヨガとお散歩をして(ダンスもときどきして)、よく眠った一年間だった

ヨガの先生や生徒たちと仲良くなって、一緒に遊ぶようになって、顔見知りなだけじゃなくて、いろいろな人の人生や性格を深く知ることのできた一年だった
ジムの帰りによく寄った近所のWholeFoodsは、明るくて優しいエネルギーが溢れていて、買い物をするだけで、心が温かくなった


グリーンカードをとる

現在進行中

そして、一年前と全く同じ言葉を、いまでも変わらずに思う

この場所が好きだし、私は幸せだし、絶対に離れたくない子がいる
人生がたとえあと二年しかなくても、私はここにいて、たくさん音楽を聴いて、ヨガをして、彼女のそばで本を書いていたい





香りは永遠に 


久しぶりにKiehl'sのココナッツのリップクリームをつけたら
ふっと
生温かい5月のシアトルの夜の空気が拡がった

匂いは、なによりも唐突に
強烈に記憶を呼び起こす


ココナッツのリップと、市場の人混みとコーヒーと古本の混ざった匂い
傾きかけた太陽の柔らかい光が
観覧車と水面をキラキラと照らす風景が

まるで目の前にあるかのように



15歳の頃の彼がつけていた、ウルトラマリンの香水

原付で通ったピザ屋のトマトソースの匂いと
バイクのオイルの染み付いた白いバン

その香りの傍にいるだけで
何もかもが大丈夫なような気がした

その香りとすれ違うたびに
あの頃に手が届くような気がした



コロンビアの結婚式で、真夜中に何気なくViktor Rolfの香水をつけたら
INSEADの最後の方の、切ない夜の匂いがした

まるで、あの夜に戻ったかのように
バスルームを出たら
いつものように少し酔った皆が、笑って踊っているかのように

当然ながら
外には新しい夜が拡がっていて

でも
匂いは永遠に上書きされない



やがて時が経って、いろいろなことが変わって
思い出さえ、もう切なくなる必要のないものになっていたとしても

匂いだけは執拗に、その時間に留まり続けて
残酷なくらいに唐突に
私たちを時々過去へと連れ戻す



ウイスキーとタバコと
冬の夜の空気と月の匂いを混ぜたら
一年前のあの頃を触ることができるんだろう

たとえもう二度と戻ることがなかったとしても
何度でも戻ることができるんだろう




土曜日の朝 


くぅくぅと泣く、濡れた塊を抱いて病院へと車を走らせながら
この子が助かるんだったら何もいらないと思った

腕に乗せられた頭を
改めて、小さいなぁと思った


どうして、夜中に起こしてくれなかったんだろう
苦しかったなら
もっと泣いたり、ひっかいたりしてくれてよかったのに

目が覚めたときに、視界の片隅に入った
哀しそうな苦しそうな目を何度も思い出した
どうしてもっと早く目を覚ましてあげられなかったんだろう


病院に入ったっきり、二度と出てくることのできなかったふゆのことを思い出した
雪ちょんが助かるなら、仕事もお金も楽しいことも、この生活も
何もいらないと思った

私はいつもこんなとき
ただ、祈ることしかできない


淡い太陽に包まれた、まだ静かな街は
なんだか夢みたいにキラキラしていて
あの、晴れた土曜日の朝を思い出した


車の中でくぅくぅと泣く私たちが、あまりにも対照的で
なんだか世界でふたりぼっちみたいな気持ちになった







この街 


こちらが笑いかけたら、
絶対に相手も笑い返してくれるという、
そんな確信のあるこの街が好きだった

困っていて、誰かに声をかけたら、
その人のできる精一杯を、一生懸命にしてくれるという信頼や

夜中に、スケートボードが道の真ん中を走っていて、
そのあとをのんびりと車たちがついていく光景が好きだった


急に止まって人を待つことを決めた車や
赤信号になりかけたけど渡ることにした人たちを前に
クラクションも鳴らさず、しょうがないなぁ、と言った感じで車線を変える車たち

先に行かせてあげると、急いで渡って、笑って手を振ってくれる人たちや

ヨガのあとの汗まみれの私を抱きしめて、
"So good to see you”と言ってくれる人たちが好きだった


こんなにめちゃくちゃな私を
“You are not fucked up"
と、きょとんとした顔で否定して

何気ない日曜日の午後に
"I'm so glad to have met you”と言ってくれて

私は、傷つけるだけじゃなくて、人を笑顔にすることもできるんだと教えてくれた


私は本当にたくさんの愛を受けていて
どんなにどんなにみんなに優しくしても
みんなからもらう優しさの方が大きくて追いつかなかった



突然人生に現れた、めちゃくちゃな私の
目をまっすぐに見て、手を握って眠ってくれる

その優しさと、心の大きさと、温かさに
ありがとう、と思いながら眠りにつけるということ


周りには、いつも新しい音楽と、才能と、優しさが溢れていて

この街にきてよかったと
何度も心から思った




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砂埃と音楽とカオスの中 


砂埃が鼻に詰まって、簡易トイレの匂いも気にならないくらいだった。

朝の3時に友達が
「ちょっとみんなについていけないから早いけど帰るよ」
と言ってテントに帰っていくような、時間のずれた世界。

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一緒に遊んでいた女の子に
"You're amazing!"
と言うと、恋人の方を見て
"I wish she weren't so nice.
We have a real world, right?"
と笑った。

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普通が普通じゃない世界。
それでも、みんなが丁寧に優しい世界。


笑い声がよく響く男の子を見て
"I think he laughs more than he speaks"
と言うと、別の男の子が笑って
"That's not a bad problem to have"
と言う。

ひたすらポジティブな世界。


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空には数え切れないほどの星が低く瞬いていて
手を伸ばせばオリオン座に触れてしまいそうだった。

肩をくっつけて、ふたりで座って朝陽を見ていたら
深呼吸と一緒に、自分の中の欲や嘘が、全部きれいになっていくような気がした。



こうして、いつも試行錯誤ばかりしている私たちがたどり着くのは
こんな地の果てなのかもしれない。

朝陽の中
遠くに音楽を聴きながら
静寂の中
体の一部を触れ合わせて眠る

そんな朝なのかもしれない。


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Be yourself 


学生の子たちと話をしたり、講演をさせてもらったりするといつも、
私の方がパワーをもらうような気持ちになる
どんなに忙しくても、準備が大変でも、やってよかったなといつも思う


私が学生だった頃と、全く同じような格好をして、同じような姿勢で座る学生たち

どんなに派手な格好をしていたり、ふてくされたような顔をしていても
心の中は、不安や希望や矛盾や葛藤や甘い恋心でいっぱいなことを知っている


まだ一、二年先のことまでしか考えられなかったあの頃

夢ばかりが膨らむ中、世界は見えないもの、想像がつかないものでいっぱいだった



彼らのために、大人たちができることは
お金でもなく、立派なアドバイスをあげることでもなく
ただただ、「大丈夫だよ」と言ってあげることだけなんだと思う


迷っても大丈夫だよ。
間違えても大丈夫だよ。
両親を心配させてしまっても大丈夫
先が見えなくても、
一人ぼっちになってしまうような気がしてしまっても大丈夫だよ、と
何度も、何度でも

そうやって私たちはここまで来たよ、
でも見てこんなに大丈夫だったでしょ、と
笑って、私たちの失敗や、怖かったこと、泣いた日のことを話してあげること

そして、出会えた人たち、ありがとうと思えた日、
ここに辿り着いてよかったと思えた瞬間のことも、
全部見せてあげること



You sometimes feel desperate that you cannot become everything.
You try to get better, try to have so many things and try to achieve many things so hard.

But when you were born, you were everything to the people who brought you to this world.
Your existence was everything.
Even if you feel you are missing so many things, you are born as everything.


時々、今の自分のままじゃダメなような気がして、
気が遠くなるようなときもあると思う
もっと良くなろうとか、もっとたくさんのものを手に入れて、
もっとすごいところに行かなくちゃと思って
ただただ必死に頑張らなくちゃと思うときもあると思う

でも、あなたが生まれたとき、あなたは二人にとってのすべてだった
あなたの存在が、彼らのすべてだった

どんなに、自分がダメなような気がしても、
どんなに自分が他愛もない存在であるような気がしても
あなたは生まれた瞬間に既に、誰かの「この世のすべて」だったこと
誰かにとって、あなたはそのままで「Everything」であることを
忘れないでほしい



Be yourself

Be yourself!


最後に抱き合う夜 


まだ、なんとか大丈夫だったかもしれないときと
もう、絶対にダメになったとき

その間に
最後に抱き合う夜
というものがあるんだと思う


最後に会うことや、最後の電話、最後のメールなんかはだいたい
たとえ曖昧だとしても、なんとなく、最後の予感を伴う

まだあるかもしれないけど、もう、二度とないかもしれない
でも、会おうと思えばまた会えるかもしれない


話したいと思えばまた話せると
自分をごまかすことはいくらだってできる

たとえ、心のどこかで
それは起こらないと分かっていたとしても



だけど
最後に抱き合う夜

それだけは、どうしようもなく
突然に訪れるものなのだと思う


あるとき
もう二度と抱き合うことはないということが絶対に変わらない事実となり

何気なかった無邪気なあの夜が
最後の夜になる


2人が、まだ2人きりでいた時間
誰よりも近くにお互いを近づけた時間
まだ、2人の先に光があった頃





だから、最後の夜はいつも
思い出せないくらいに当たり前で
温かく、切ないんだと思う






存在するだけでいいんだということ 


最近何かの間違いで、『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶応大学に現役合格した話』という本を読んだ。

著者である塾の先生は心理学を勉強されていて、
最後の付録の部分に、すごくeye-openingなことが書いてあった。


子供を褒めるときにはみっつの褒めることがある。

ひとつはThank you for doing.
お手伝いをしてくれたり、テストでいい点数を取ったりすること。

もうひとつはThank you for having.
学級委員長になったり、何か賞をもらったりすること。

そして、最後がThank you for being.
ただいてくれるだけでいい、ということ。


日本の親は、最後の部分を褒めるのが苦手だというコメントがあって、たしかにそうかも知れないな、と思った。


私の両親は、becomingもあんまり褒めてくれなかったので、いつも、doingをすることで認められようと頑張ってきた気がする。

それは大人になっても変わらなくて、人に愛されるために、優しくしたり、してほしいことを頑張ってみつけたり、
その結果、「○○してくれてありがとう」って、人生で何度言われたか分からないな、と思う。


それでも、そうやってbecomingやdoingにこだわりすぎているうちに、beingでもいいんだという自信を、少しずつ失くしてしまうものなのかも知れないと思った。


二年前、私は好きな人に一生懸命doingをすることで愛されようとしていて、
それはきっと、私のステータスが「being married」だったこともあるのかも知れないし、beingだけでは釣り合わない、と思っていたんだと思う。

そうやって頑張り続ける私に、友達から、「彼はあなたのIdentityを消してしまう」、と言われた理由が、いま、この本を読んで分かった気がした。


そして、昔ものすごく愛してくれた人たちに、「beingでいいから、なにもしなくてもいいよ」と言われることが、自分が何をしても興味がないような気がして、哀しかったことも思った。


この本を読んで、いつか子供ができたら、全部を精一杯に褒めてあげようと思った。

そして、私の大事な人たちのことも、自分にしてくれることや彼らの立場が何であるかではなくて、ちゃんと、存在してくれることに感謝したいと思った。

そして私も、私のdoingやbecomingだけじゃなくて、ちゃんとbeingを見て、そして認めてくれる人に愛されていたいと思った。



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