最後に抱き合う夜 


まだ、なんとか大丈夫だったかもしれないときと
もう、絶対にダメになったとき

その間に
最後に抱き合う夜
というものがあるんだと思う


最後に会うことや、最後の電話、最後のメールなんかはだいたい
たとえ曖昧だとしても、なんとなく、最後の予感を伴う

まだあるかもしれないけど、もう、二度とないかもしれない
でも、会おうと思えばまた会えるかもしれない


話したいと思えばまた話せると
自分をごまかすことはいくらだってできる

たとえ、心のどこかで
それは起こらないと分かっていたとしても



だけど
最後に抱き合う夜

それだけは、どうしようもなく
突然に訪れるものなのだと思う


あるとき
もう二度と抱き合うことはないということが絶対に変わらない事実となり

何気なかった無邪気なあの夜が
最後の夜になる


2人が、まだ2人きりでいた時間
誰よりも近くにお互いを近づけた時間
まだ、2人の先に光があった頃





だから、最後の夜はいつも
思い出せないくらいに当たり前で
温かく、切ないんだと思う






存在するだけでいいんだということ 


最近何かの間違いで、『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶応大学に現役合格した話』という本を読んだ。

著者である塾の先生は心理学を勉強されていて、
最後の付録の部分に、すごくeye-openingなことが書いてあった。


子供を褒めるときにはみっつの褒めることがある。

ひとつはThank you for doing.
お手伝いをしてくれたり、テストでいい点数を取ったりすること。

もうひとつはThank you for having.
学級委員長になったり、何か賞をもらったりすること。

そして、最後がThank you for being.
ただいてくれるだけでいい、ということ。


日本の親は、最後の部分を褒めるのが苦手だというコメントがあって、たしかにそうかも知れないな、と思った。


私の両親は、becomingもあんまり褒めてくれなかったので、いつも、doingをすることで認められようと頑張ってきた気がする。

それは大人になっても変わらなくて、人に愛されるために、優しくしたり、してほしいことを頑張ってみつけたり、
その結果、「○○してくれてありがとう」って、人生で何度言われたか分からないな、と思う。


それでも、そうやってbecomingやdoingにこだわりすぎているうちに、beingでもいいんだという自信を、少しずつ失くしてしまうものなのかも知れないと思った。


二年前、私は好きな人に一生懸命doingをすることで愛されようとしていて、
それはきっと、私のステータスが「being married」だったこともあるのかも知れないし、beingだけでは釣り合わない、と思っていたんだと思う。

そうやって頑張り続ける私に、友達から、「彼はあなたのIdentityを消してしまう」、と言われた理由が、いま、この本を読んで分かった気がした。


そして、昔ものすごく愛してくれた人たちに、「beingでいいから、なにもしなくてもいいよ」と言われることが、自分が何をしても興味がないような気がして、哀しかったことも思った。


この本を読んで、いつか子供ができたら、全部を精一杯に褒めてあげようと思った。

そして、私の大事な人たちのことも、自分にしてくれることや彼らの立場が何であるかではなくて、ちゃんと、存在してくれることに感謝したいと思った。

そして私も、私のdoingやbecomingだけじゃなくて、ちゃんとbeingを見て、そして認めてくれる人に愛されていたいと思った。



heaven is not too far to touch 


天国が、あとすぐそこにあるのなら
私は、触ってみたい


たとえ、そのあとに堕ちる先がどんなに無限大に深かったとしても
私は、見てみたい

たとえ、curiosity killed the catのネコになったとしても




臆病な彼のためにあると思っていたこの歌が
本当は、ずっと自分に向かって歌われていた歌だったのかも知れないと思ったとき
考えすぎていて、天国に手を伸ばせなくなっていたのは
私だったのかも知れないと思った



My love,
heaven is not too far to touch
you are scared because you care too much
I will never give you up







色づいた世界 

このまま
どちらかが根をあげるか

いつの日か
やっぱり間違いだったと思えることを
心密かに願うか

それしか私たちに選択肢がないのだったら

どうすることが幸せなのかは
簡単な答えなんだろう



そうやって、最高な数年間を過ごしてみるのも
きっと人生のひとつのハイライトになるだろう

今までの人生の全てが
私のハイライトだったように


行かない、と言ってしまったら
私たちは終わってしまうだろう
きっと、諦めてしまうだろう


そうやって
いま、目の前に見えているこの景色が
全て色をなくしてしまうのだとしたら


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人生のビジョン 


「要は、君たちは、二人ともアルコール中毒みたいなものだよね」

一年前に、「とりあえずはセフレを作ることだね」というアドバイスをくれた元上司は、臆することもなくそう言った。

彼と一緒に働いていた頃は、彼はアジア全体を飛び回っていて、私たちの接点はほとんどなかった。
それでも、同じINSEADを卒業してしまったあと、あの、独特な時間を通り抜けた人に見えてしまう、バブルというか、トラウマのようなモラトリアムを、私たちは共有してしまったんだと思う。
今では彼は、私の大切な人生のメンターだ。

確かに私は彼の言うように、相変わらず危うい恋愛をしていて、まるでアル中のカップルのように、どちらかが一滴に口をつけてしまったら、全てが崩れてしまいそうだった。

淡々とした口調で、彼は語ってくれた。



人生は、長い。

ゴールは結婚ではなく、そこから始まる。
大切なのは、二人の人生にどんなビジョンを見出すかということ。

キャリアでもいい、子供でもいい、世界を旅することでも、お金でもいい、
結局のところ、そういうそれぞれの人生のビジョンだけが、二人をつなぎ留めるものなのだということ。

人生は長く、二人の間には必ず、これからたくさんの問題が起こる。
人は人であり、人であるがゆえに、誰もが間違いを犯す。
キャリアや家族など、いろいろな問題は次から次へと降りかかってくるし、
子供を育てることだって大変。
どちらかが、「この問題はこの人と一緒には解決したくない」と言えば、終わってしまう。

二人でそれらの問題を協力して解決し、それでも一緒にいるためには、「この人とだからこそ、人生のビジョンを達成できる」という鎖が必要なのだということ。


過去にどんなに奇跡があったからといって、これから二人が見ていかないといけないのは、未来なんだということ。

その一滴に口をつけてしまったあと、それでも、また手をつないで進んでいこうと思えるかどうかは、彼と一緒にいたとしても、自分自身の人生を生きることができるかということでもあるんだと思った。




そう言われてみればたぶん、私と親友の彼女がつながっているのはきっとビジョンが同じであるからで、私と昔の彼がうまくいかなかったのは、同じくそのビジョンが合わなかったせいだったんだと思う。



私が人生を誰かと手をつないで過ごすとしたら、私が私であるために必要なこと。

・・・を試しに書いてみたら、私って本当にモラトリアムの塊なんだとつくづく思った。。



1)世界を渡り歩くことを楽しいと思えること
モントリオールにも住んでみたいし、ドイツでクラブにばかり行って暮らしてもみたいし、オーストラリアで水着だけで暮らしてみたりもしたい。
ひとつの国に家を買って、永遠にそことどまるようなことは、私にはきっとできない。

2)音楽
たまに静かに星空を眺める夜があったとしても、たとえその音楽が私とは全く違う趣味の曲であっても、音というものにいつも心を動かされていたい。

3)子供のこころ
いつまでもモラトリアムでいたい。
いい音楽があればクラブで夜遊びもしたいし、朝陽を見ながらはしゃいだり、時々ちょっと悪いことをしたり、平日に飲みすぎたせいで次の日頭痛くなっちゃったりしたい。

4)いつまでも学び続けること
いつまでも学び続けることを厭わないこと。70歳になってからお医者さんになろうとしたっていい。

5)思いやり
人に優しくあること。誠実であること。
人の心に、繊細であるということ。

6)キャリアやお金に人生をコントロールされないこと
人は、結局死ぬときには何も持っていけない。
周りから見て一目瞭然のステータスなんて、いくらだって代わりがあって、そんなものにたった一度の人生をコントロールされたくない。
ここぞというときにはキャリアだって捨てられること。その上にあるものを見られること。

7)愛の営み
世界で一番どろどろしていて激しくて誰にも見せられなくて、そして、美しいもの。



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ランダムな神様 


まだ、人の少ない木曜日夜11時のHarlotで、
いかつい顔をしてIDを見ていた怖そうなおじさんが、
扉を指差して、突然日本語で、
「どうぞお入りください」
と言った。

そんな
とんでもない確率で
私たちの前に現れてくれる神様。


ぶつかって、通り過ぎて行く人たちの
Sorry about that
という優しい低い声までもが
幸せに響いた。



私は財布を忘れてしまっていて、友達にお金を借りてお酒を頼んだあと、
聞き違いかと思ったけど、その声はたしかに
Taken care by a bartender
と言った。

テキーラショットを頼むと、無表情のまま静かに、
Two tequila shots
と繰り返したバーテンダーのおじさんが、
私たちに顔も見せずに、こっそり払ってくれていた。

こんな風に、魔法のように
また神様が、魔法をかける。


あの時、ナンパしてきた男の子たちにお酒を買ってもらわなかったのも
きっと、このためにあったんだと思った。



もう一杯飲もうと思ったら、突然ヨガでときどき見かける人が現れて、
私たちは友達になった。

こんなにくしゃくしゃの顔で笑う人だなんて思わなかった。
普段の、スタジオではあり得ない近距離で、笑い転げる私たち。

彼の友達に
彼、ヨガ上手だよ、と言ってあげた私たちに、
笑いながら、Thank you for lying 、と言った。

帰る前に、もう一杯だけ飲んで帰るよ、と言ってお酒をおごってくれた。
まるで、財布を忘れてしまった私の神様のように。



その夜は
私たちのいう「神様」が、ランダムにいろんな形で現れてきて、
私たちはもう最高に幸せだった。


手をつないだ、彼女の小指の指輪を触りながら、
この子に、たくさんのたくさんの幸せが訪れますように、
と何度も思った。



人生の友達 


"You’ll meet some of your lifetime best friends there"

INSEADに旅立っていく私に、そういったのは彼だった。
その言葉は本当だったと思う。


それでも私は、INSEADだけではなく、
彼と出会ったPRTMや、その前に働いていたベンチャー企業のように
友情とは全く関係のないような、仕事の場所でも、
彼を含めた、たくさんの、かけがえのない人たちと出会ってきた。


ベンチャーにいた頃。

東京で仕事を探し始めた私に、その面接と東京出張の予定をこっそりと合わせてくれた上司T。
研究しか知らなかった私に、MBAというものを教えてくれて、
「僕、10年も結婚してたんだよー」と、笑いながら彼のプライベートを語ってくれた。

出張ばかりが続いていて、recommendation letterの締め切りが迫ってきてしまった時は、わざわざ仕事を抜け出して、サインをしたletterを持って、私の駅までかけつけてくれた。


めちゃくちゃな恋愛ばかりしていた私に、
「まずはセフレを作ることだね」
というめちゃくちゃなアドバイスをくれた上司J。

炎の中にあったプロジェクトを放り出して留学していく私に
「おめでとう、よくやった」と言って送別会まで開いてくれて、
『PRTM』という刻印のあった写真立てをくれた。



初めてのプロジェクトで、
遠隔のクライアント先にひとりぼっちにされてしまった私の資料を
全く関係ないのに、こっそりレビューしてくれた同僚N。
一週間の合計睡眠が24時間ぐらいだった、憔悴しきってプレゼンを終えた私を連れ出して、朝まで一緒にクラブで踊った。

私がどんなにめちゃくちゃな決断をしても、遠くから、いつも優しい目で見守っている。
たまにチャットルームに光る、「大丈夫か?」の文字。



そんな風に、仕事のように、無機質に見えるような場所でも、
私はいつも、誰かに支えられていて、誰かに守られていた。

彼らこそ、私のlifetime best friendsであり、人生の先生だった。

いつも見返りなしで支えてくれて、いつもGive and giveの精神でそばにいてくれた彼らに、なかなか会うことはできなくてもいつも、ありがとう、と心の中で思う。



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みっつの日記 


三年日記を書き始めてから、もう、五年になる。

日本語で書き続けている三年日記と、
フランス語の宿題で書いているフランス語の日記と、
Evernoteで書いている英語の日記を合わせると、
毎日、みっつの日記を書いていることになる。


同じ一日のはずなのに、
「今日はクラブに行きました」なんていう子供の絵日記のようなフランス語の日記と、
新しい視点や見方の多い、成熟した英語の日記と、
深く、時に刹那的でもある日本語の日記が、
どれも正しく、誠実に、
『私の人生』というものを表しているんだと思った。


人生は
ひとつの言葉で平面に表せるほど、シンプルじゃない。
でもそのひとつひとつを、妥協しないで、「ぴったりな言葉」で表現し続けたいと思う。


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暗闇の中で 


テカポの街は、星空が有名で、
その星空を守るために、町中が真っ暗に保たれている。

車でさえヘッドライトを消して走っていて、
オレンジに光る小さな街灯が、小さな家々を幻想的に照らしていた。

昼間は空の色を移して青く輝いていたテカポ湖も、夜はひっそりとした、静かな深い黒になる。


昼間は私の自転車スキルを心配して、
「交通違反でも何でもいいから歩道を走れ」なんてめちゃくちゃなことを言っていた父が、
やがて、そんな暗闇の中でライトも点けずに
「気をつけろよ」と言い残して先に走ってくれるようになる。


もし、私があのとき家を出ずに、私達があのまま一緒に暮らしていたら、
きっとこんな風にして、私たちは少しずつ大人になり、中学生の頃とはまた違う形の、信頼関係というものを築いていっていたのかもしれないと思った。

こうして、いまになって築いていく絆がある親子の形もある。


真っ暗な闇の中、暗闇に浮かび上がる白線と、かすかな父の自転車の気配と
iPhoneから流れるFleetwood Macの声を聴きながら、
私たちに残された、限られた時間を、
ありがたい気持ちで思った。


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朝陽の中で 


空っぽになった部屋の窓から外を見ていると
朝陽の中、カーテンの開いた窓がいくつか見えた

その窓の中にはきっと、
私たちの部屋にあったように
それぞれの朝があって、それぞれのストーリーがあるのだろう

私たちがこの部屋から姿を消してしまっても、
彼らの日々は変わらずに続いていくのだろう


そうやって人生は続いていく



空港には、平日の朝だというのにたくさんの人がいて、
こんなにたくさんの人たちが、どこかへと去っては誰かの元へと帰っていくのだと思うと、なんだか不思議な気持ちになった

このキラキラとした太陽の下
もう、この世界では二度と会えないかもしれない私たちのことを、切なく思った


それでも、
たとえ人生でもう二度と会うことがなくても、
一度でもこうやって同じ時代に生まれて、そして巡りあえたこと、
いくつもの偶然が重なって、こうしてたくさんの奇跡を見ることができたことを、
心からありがたく、そして幸せに思う


一緒にいたおかげで感じられるようになったことや、感謝できるようになったこと、
学んだ、「信じる」ということの本当の意味や、相手を思いやるということを、
私が、これからも忘れずに生き続けることで、
その存在は、これからも私の人生の一部として存在し続けるんだと思った


そう思ったら寂しくなくて、
離れてしまうことも怖くなくて、
ただ、あの子供みたいな笑顔が見られなくなってしまうことだけを、
ほんの少しだけ、寂しいなと思った





最後に、笑って手を振れてよかった


彼の中に残る私の幻想が、いつまでも、太陽の中で手を振るこの笑顔であるように

その太陽と笑顔のslipstreamが
少しでもこれからの人生を照らしてくれるように





いつもとは違う時間帯の高速を運転しながら、
1月に、表参道を歩きながら胸の詰まる思いで聴いた曲を聴いていた

もう胸が詰まるような思いはなく、爽やかな気持ちで、音に乗って、まっすぐに車が滑っていく


私たちは何度も、苦しい場所に戻っては、
勇敢に、戻らなければ分からなかった誤解を解いて、過去を塗り替えてきた

最後にこうやってキラキラとした思い出を守り抜くことができたのも、
私たちが諦めず、お互いを信じ続けて、必死で相手を大切にしようと頑張って、そして、勇敢だったからだと思う


まるで、お互いを守ろうとして必死で戦い抜いた戦士たちのように、
こうして太陽の光の中に立って、涙越しに笑い合えた私たちを、
いつまでも誇りに思おうと思った